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横浜地方裁判所 昭和48年(行ウ)5号 判決 1973年10月19日

原告 山中新蔵

被告 川埼南労働基準監督署長

訴訟代理人 宮北登 外六名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

1  被告が原告に対してなした昭和四五年七月二二日付第四七号の労災保険給付不支給決定を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文同旨。

第二請求の原因

一  原告は港湾労働法の規定による、公共職業安定所に登録された日雇港湾労働者として、横浜労働公共職業安定所川崎出張所(以下安定所という)の紹介する事業所で就労していたが、昭和四五年五月二四日午前七時三〇分ころ、安定所の窓口で川崎運送株式会社川崎営業所(川崎市川崎区千鳥町一四番地)に紹介を受けた後、安定所から自己所有のオートバイで、右会社の作業現場へ行く途中、川崎市川崎区千鳥町二番地先路上(千鳥橋を渡つて南東に約三〇〇メートルの地点から南西に曲つたところ)において、突然目に塵が入り、ブレーキを踏んだ瞬間路上に散乱していた鉱砕塊にハンドルをとられ、電柱に激突して負傷した。直ちに今村医院に収容され、同医院で「右大腿骨骨折」の傷病名にて加療し、昭和四五年八月三一日秋谷医院に転医して加療を続けた。

二  原告は右負傷は業務上の災害によるものであるとして、昭和四五年七月一日付で労働災害補償保険法施行規則第一一条の二の規定による療養補償給付たる療養の給付請求を被告に対してなしたところ、被告は同月二二日付第四七号をもつて右給付請求につき不支給決定をなした。

三  原告は右決定を不服として、昭和四五年九月一七日神奈川県労働者災害補償保険審査官に対して審査請求をなし、同年一二月一七日審査請求棄却の決定を受け、さらに、これを不服として昭和四六年二月一日労働保険審査会に対して再審査請求をなし、昭和四七年一〇月三一日再審査請求棄却の裁決を受け、同年一一月一八日裁決書を受領した。

四  港湾労働者は、港湾労働法の施行と同時に半ば強制的に安定所に登録したものであるから、登録と同時に港湾運送業者の支配下に入つたものである。

仮にそうでないとしても、港湾労働者が安定所の窓口に日雇港湾労働者手帳(以下青手帳という)を提出し、港湾運送業者の求人係が青手帳により人員を掌握確認した時点で港湾運送業者との間に雇傭契約が成立し、事業主の支配下に入つたというべきである。

原告が前記川崎運送に行かず、直接作業現場に赴いたのは既に右会社に雇傭されていたからであり、会社の利益のためである。

原告は作業現場に赴くに際しては右会社の運転手の了解を得ており、会社の出迎バスに乗車して現場に赴く場合と同視すべきであり、また原告が負傷した場所は、川崎港の港域内であるので、工場の従業員が事業現場構内で負傷したと同様に、事業主に補償責任がある。

さらに原告が負傷した時間は全日本港湾労働組合横浜港分会川崎班と川崎港運協会との協定により賃金の対象となる使用時間内である。

以上により、原告の前記負傷は業務上のものであるというべきであり、被告の本件決定は違法として取消されるべきである。

第三請求の原因に対する答弁

一  請求原因第一項中、事故の状況およびその後の治療の経過は不知、その余の事実は認める。

二  同第二、第三の事実は認める。

三  同第四の事実は争う。

第四被告の主張

被告の本件処分は正当であり、決定を取消すべき理由はない。

すなわち、労働者災害補償保険法により給付すべき業務上の傷病とは業務起因性がなければならず、業務起因性の第一次判断基準として業務遂行性がなければならないのであるが、この業務遂行性は労働者が使用者との労働契約に基づきその事業主の支配下にあつたことが絶対的な必要条件とされている。

本件の場合、安定所で会社の係員が人員点呼した時点では未だ雇傭契約が成立していないこと、オートバイで行くことは原告の任意によるものであつて、事業主は何ら指示していないこと、港域内に入つたからといつて事業現場とはいえないこと等のことからして未だ事業主の支配下にあるとはいえない。

さらに、日雇港湾労働者の所定労働時間は午前八時から午後五時までであり、就業前後各三〇分は残業手当という名目で支給することになつているのである。

第五被告の主張に対する答弁

被告主張事実中、労働時間に関する部分を認め、その余は争う。

第六証拠<省略>

理由

一  原告は港湾労働法の規定による公共職業安定所に登録された日雇労働者として、安定所の紹介する事業所で就労していたが、昭和四五年五月二四日午前七時三〇分ころ、安定所の窓口で川崎運送株式会社川崎営業所(川崎市川崎区千鳥町一四番地)に紹介を受けた後、安定所から自己所有のオートバイで右会社の作業現場へ行く途中、川崎市川崎区千鳥町二番地先路上において、オートバイ事故により負傷したこと、原告は業務上の傷病として労働者災害補償保険法による給付請求を被告に請求し、被告がこれに対して不支給決定をなしたこと、原告はこれを不服として神奈川県労働者災害補償保険審査官に対し審査請求をなしたが棄却され、さらに労働保険審査会に対して再審査請求をしたが棄却の裁決を受け、昭和四七年一一月一八日裁決書を受領したことは当事者間に争いがない。

二  原告は被告の本件不支給決定は業務上外の認定を誤つた違法な処分であると主張するので検討する。

労働者災害補償の対象となるのは業務上の災害でなければならないところ、業務上の災害というには、必ずしも業務遂行中の災害には限定されないが、その災害が使用者の指揮命令の関係に付随して生じたこと即ち客観的にみて使用者の支配下にある状態において生じたことが必要であるといわなければならない。

原告は、港湾労働者は安定所に半ば強制的に登録されたものであるから、登録と同時に港湾運送業者の支配下にあると主張するが、登録されたのみで、安定所の紹介によつて個々の事業主に雇入れられていない段階においては、港湾運送業者の支配下にあるということはできず、右主張は失当である。

<証拠省略>によれば、前記安定所川崎出張所においては安定所が日雇労働者が提出した青手帳に紹介先、指示事項等を記入した後、労働者に所定の整理カードを渡し、青手帳は事業場から派遣された連絡員に手渡し、連絡員が紹介を受けた労働者を点呼確認し、青手帳を預つたまま労働者を事業場に引率するという方法が慣行として行われていることが認められ、本件においても右の方法がとられたと推認されるところ、労働者としては青手帳の返還を受けるまでは実質上他の事業場では働くことができないのであるから、前記連絡員による人員点呼がなされた時点において当該事業場との間で雇傭契約が締決されたというべきであり、この点についての被告の主張は採用できない。

従つて、本件の場合、原告が前記会社の連絡員によつて点呼確認を受けた段階で雇傭契約が締結されたということができるが、雇傭契約の存在から直ちに事業主の支配下にあると認めることはできず、事業主が労働者に対して指揮監督をなしうる状態にあつたか否かが検討されなければならない。

原告が前記会社の連絡員による点呼確認の後、自己所有のオートバイに乗つて事業場に向つたことは当事者間に争いないところ、<証拠省略>によれば、原告は前記会社の連絡員の指示ではなく、自己の意思によつて自己所有のオートバイで事業場に向つたことが認められ、かかる場合は、会社の出迎バスに乗車した場合と異なり、連絡員の了解の有無に関わらず事業主の支配を離脱しているものというべきである。

<証拠省略>によれば、原告が負傷した場所は川崎港の港域内ではあるが、前記会社の事業場内ではないことが認められ、右地点に到達した段階では、未だ前記会社の支配下に入つたということはできない。

なお原告が負傷した時間が賃金の対象となる時間内ではないことは当事者間に争いがない。

以上により、原告の負傷は前記会社の支配下における災害によるものとは認められず、被告が原告の負傷を業務外と認定してなした本件不支給決定処分は正当であり、右決定を取消すべき理由はない。

三  よつて原告の本件請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 柏木賢吉 山田忠治 仲家暢彦)

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